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東京家庭裁判所 平成7年(少イ)11号 判決

被告人 Y(昭35年○月○日生)

主文

被告人を懲役1年2月に処する。

この裁判の確定した日から3年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、デートクラブ「a店」を経営していたものであるが、平成7年1月11日ころ、東京都豊島区○○×丁目×番×号○○○×××号室所在の同店店内において、年齢確認に必要な方法を尽くすことなく採用したデート嬢であるA(昭和52年○月○日生、当時17歳)が遊客を相手に売春したがっており、かつ、不特定の遊客であるBがデート嬢の売春の相手方になりたがっていることを知りながら、同女に対しBを客付けし、そのころ、同区○○×丁目×番××号所在のホテル「bホテル」において、右児童をしてBを相手に対価を得て性交させ、もって、児童に淫行させるとともに売春の周旋をした。

(証拠の標目)

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官調書及び司法警察員調書(5通)

一  A、B、C、D及びEの各検察官調書

一  東京都○○市長作成の身上調査照会回答書

一  写真撮影報告書3通

一  児童福祉法違反被害児童及び関係者写真一覧表

(法令の適用)

一  罰条 児童福祉法違反の点につき、同法60条1項、34条1項6号、売春防止法違反の点につき、同法6条1項

一  観念的競合の処理 平成7年法律第91号による改正前の刑法(以下「刑法」という。)54条1項前段、10条により、重い児童福祉法違反罪の刑により処断

一  刑種の選択 懲役刑を選択

一  執行猶予 同法25条1項

(争点に対する判断)

弁護人は、(1)被告人は、児童福祉法60条3項所定の「児童を使用する者」に当たらないから、被告人については同項の適用はなく、また、(2)被告人の行為は、児童福祉法34条1項6号所定の「淫行をさせる行為」に当たらず、かつ、(3)売春防止法6条1項所定の「売春の周旋」にも当たらない旨主張しているので、以下、これらの点に関する当裁判所の見解を示す。

一  被告人が「児童を使用する者」に当たらないとの主張について

児童福祉法60条3項にいう「児童を使用する者」というためには、児童との身分的又は組織的関係において児童を管理・支配しその行為を継続的に利用し得る地位にあれば足り、弁護人の主張するように、児童と民法上の雇用関係ないし労働基準法上の労使関係に立つことや、これとの間に労使関係類似の支配従属関係があることまで必要とするものではないと解すべきである。なぜなら、そのように解することが、心身の発育の未熟な児童の保護を図った児童福祉法の前記規定の趣旨に最もよく合致し、同条の文理からみても無理がないと考えられるからである。

ところで、関係証拠によれば、(1)被告人は、平成6年5月1日にオープンさせたいわゆるデートクラブ「a店」の経営者であったこと、(2)右クラブにおいては、ここで働きたいと希望する女性の写真を撮影し源氏名を付けて登録した上、これらの女性をデート嬢として店の一室(待機室)に集めておき、覗き穴から覗いた男性客が希望するデート嬢を指名すると、この客を右デート嬢に客付けし、デートに応じさせていたこと、(3)同クラブは、覗き穴から女性を物色する客からは入会金1万円及び入室料5,000円を受け取っていたこと、(4)他方、同クラブは、デートした男女がその後どのような行動に出るかについては関知しない建前になっており、女性から金銭を受け取ったり、逆に金銭を支払ったりしたことはなかったが、〈1〉客から指名されるまでは店で待機する、〈2〉客からの指名は断れない、〈3〉客とのデート時間は1時間30分程度とする、〈4〉女性は客から交通費という名目で指名料5,000円を直接受け取ることができる、〈5〉客から苦情があった場合には、交通費名目の指名料5,000円を没収するなどの規則を設け、女性らに対し右規則を守るよう求めていたこと、(5)被害児童は、平成6年8月末ころ同クラブに源氏名「A1」として登録した後、同年11月26日ころ以降時折待機室で待機するようになり、指名後客付けされた客とのデートに応じていたことなどの事実が明らかである。これによると、被告人と被害児童との間に民法上の雇用関係ないし労働基準法上の労使関係や、これに類似する支配従属関係があったとまではいえないにしても、被告人は、同児童との契約に基づき、同児童に対しある程度の管理・支配力を有し、継続してその行為を利用し得る地位にあったと認めるに十分である。したがって、被告人は同女を「使用する者」に当たると解される。

弁護人は、(1)被告人から被害児童に対し金銭の支払いは一切されていない、(2)被害児童が被告人の指揮命令及び監督に服する関係になく、被害児童は好きなときに来て好きなときに帰ってよいとされていたなどとし、これらの点を論拠として、両者の間には、継続的な実質的支配関係がなかった旨主張している。確かに、関係証拠によると、被告人が被害児童に対し金銭を支払っていなかったこと、店を出た後の行動について、被告人が被害児童に対し直接指揮命令し得る関係にはなかったこと、いつ店に来ていつ帰るかは、被害児童の自由に任されていたことなどは、弁護人の主張するとおりであると認められる。しかし、a店の前記規則によると、被害児童は、a店に登録して店で待機する以上は、自分を指名して客付けされた客とのデートを断ることができず、一定時間のデートに応ずる義務があり、客との間でトラブルを生じたときは、指名料を没収されることとされていたのであって、これらの規則により、被告人は、同店で待機する被害児童の行動を実質的に管理・支配する立場にあったということができる。また、a店で働くことを希望する女性が同店に登録して源氏名を付けてもらうと、自分が店に出たいときにはいつでも出ることができるようになっていたのであり、現実にも、被害児童は、前記のとおり平成6年8月末に登録した上、同年11月以降、毎日ではないにしても、かなりの回数繰り返し同店の待機室に現れ、被告人に客付けされた客とのデートに応じていたと認められるのであるから、被告人と同女との間の関係が、弁護人のいうように、一過性のものであったということもできない。

なお、弁護人は、同店の規則は、拘束力の低い名目的なものであり、実際の運用も極めて緩やかであったから、右規則があるからといって、被告人と被害児童との間に実質的な支配関係があったとはいえない旨主張している。確かに、同店が右規則を厳格に適用していなかったことは弁護人の指摘するとおりであると認められる。しかし、右のような規則があること自体、同店で働く女性の行動を大きく規制することが明らかであるから、その実際の適用状況が必ずしも厳格でなかったということは、前記結論を左右するものではないというべきである。

したがって、この点に関する弁護人の主張は採用することができない。

二  「淫行させる行為」に当たらないとの主張について

弁護人は、本件のように、被告人と被害児童との間に実質的な支配関係が存在しない事案において、淫行させる罪(以下「淫行罪」という。)が成立するためには、相当強度かつ積極的な関与行為が必要であり、しかも、それが淫行に直接因果関係を有する行為であることが必要であるところ、本件においては、被告人は、被害児童とBを単に引き合わせたに過ぎず、両名の店外の行為については全く関知していなかった上、両名のデート後に被害児童から報告を受けたこともないのであるから、被告人の行為は、淫行罪に当たらない旨主張している。

そこで、検討するのに、まず、前記一で検討したところによれば、被告人と被害児童との間に実質的な支配関係が存在しないという主張が前提を欠くものであることは明らかである。次に、弁護人も認めるように、最高裁判所の判例によれば、淫行罪は、児童に淫行するように強制したり直接的に勧誘する場合のほか、「児童に対して事実上の影響力を及ぼして児童が淫行をなすことを助長する行為をも包含する」とされており、当裁判所の見解も、これと同一である。ところで、関係証拠によれば、犯行当日、被告人が、被害児童に対しあからさまに売春を示唆する言動をしたのかどうかについては争いがあるものの、被告人は、前記のようなシステムにより管理・支配していた同女に対し、同女が被告人から客付けされる客との売春により金銭を得たいという希望を持っており、かつ、遊客Bが同女の売春の相手方になりたがっていることを知りながら、Bを同女に客付けしたという事実の限度では、公判廷においても認めているのである。したがって、被告人の客付けによりBとデートした被害児童が、判示日時、場所においてBを相手方として売春したことの明らかな本件事実関係の下においては、これらの事実だけでも、被告人が、前記の意味において、同女に淫行させたと認めるに十分である(のみならず、いずれも被告人側の同意に基づき取り調べたA及びBの各検察官調書、被告人の4月22日付け司法警察員調書、4月26日付け検察官調書などによれば、Bと被害児童の両名に対し被告人が売春を示唆する言動をしたことは十分認定することができる。この点に関する被告人の当公判廷における弁解は、内容的に不合理であって、採用することができない。)。

弁護人は、被告人の行為が淫行罪に当たらないとして他にもいろいろな主張をしているが、いずれも到底採用することができない。

三  「売春の周旋」に当たらないとの主張について

弁護人は、被告人の行為は売春の周旋にも当たらないとして、種々の主張をしているが、前記二で認定した事実関係を前提とすれば、被告人の行為が売春の周旋に当たることは明らかであって、この点に関する弁護人の主張も、到底採用することができない。弁護人は、被告人には被害児童が売春するかも知れないという抽象的な認識程度しかなく、その蓋然性を認容していたとはいえないというが、その採用し得ないことは、既にみたところから明らかである。

(量刑の理由)

本件は、デートクラブの経営者であった被告人が、自分のクラブのデート嬢である被害児童に対し、売春を前提として客を紹介し、判示のとおり、児童に淫行をさせるとともに売春の周旋をしたという事案である。

被告人の経営していたデートクラブにおいては、デート嬢の何人かが現実に売春していたのであって、被告人もそのような事情を知りつつ経営を続け、前記のようなシステムの下で多額の利益を挙げていた。本件犯行は、被告人のこのような営業行為の中で行われたものであり、1回限りの犯行ではない。また、被告人は、証拠上明白な事実を一部否認して不合理な弁解をしており、果してどこまで本件を真剣に反省しているのかについても疑問なしとしない。

しかし、他方、被告人は、本件を摘発された当時既に営業を廃止しようと考えていたところであって、今後は風俗営業には戻らない旨供述している。そして、被告人が、これまでに傷害罪による逮捕歴1回のほかには何らの前科、前歴のない未だ30代前半の青年であって、中学校の教員をしている実兄も、今後被告人をよく監督していく旨証言していることなど、被告人のため斟酌すべき諸般の情状をも考慮すると、被告人に対しては、今回に限り懲役刑の執行を猶予し社会にあって更生への道を歩ませるのが相当であると考えられる。なお、弁護人は、本件については、仮に有罪であるとしても罰金刑を選択されたい旨主張するが、本件犯行の罪質、態様等に照らすと、本件が罰金刑の選択を相当とする事案であるとは認められない。

よって、主文のとおり判決する(求刑、懲役1年6月)。

(裁判官 木谷明)

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